忠魂碑と戦時中の記憶を語る
茨城に来てまもなくの頃、近くにあった忠魂碑、それまでは何のための石碑か知らず調べて戦争で亡くなられた方をの石碑としり感謝と尊敬をお伝えした。
そして先日の農機具買取のお客様
80代半ばの方から戦時中や戦後の話をお聞きした。
そのお話の中に
「米進駐軍の命令で多くの忠魂碑の破壊が行わられた。ばかばかしい命令だ!ただ従うしかなかったら事も事実」とおっしゃって
私が「茨城に忠魂碑を見つけ感謝を伝えた」と申し上げると
「そう!当日俺の命はどうなってもいいからとそれこそまさに必死になり石碑を守った人達もいた、そんな人達が残してくれた石碑だよ」と教えてくださった。
他にもその方のおじ様がニューギニア戦で
消息不明となり数年後に遺骨が届き祖母(母)が遺骨の入った箱を開けると石ころが入っていたお話や他にも貴重な実体験のお話を1時間近くうかがえた。
今年戦後80年そんなお話を直にうかがえる機会も少なくなり本当に貴重なお話を聞けて良かったです。
この仕事で色んな方にお会いしますが
いい時間をいただきました。
私の祖父母からもっと話を聞いとけばと
今更ながら若かった頃に無関心だった戦中戦後の事を悔やんでいます。
その方は今の米作りしてもやっていけない国が動いてくれないと米を作れる人が居なくなると現状をとても心配されていました。
これも私達世代の3Kなる言葉に浮かれ
農林水産の仕事へ見向きをしなかった事も原因だ。
なんとかできることをしていきたい。